ギンガフォースの話をしよう

Xbox360ゲーセンラブ。がひと段落して、よし、積んでたゲームをやりましょうと。はじめてみたギンガフォース。しばらくプレイしてみて、しっくりこない…なんでだろう?と考えながら最初のステージを繰り返してプレイしていて最近何度かお会いしたキュートの方の言葉を思い出す。「どちらかというと家庭用ですね」僕は80~90年代のゲームセンターのゲーム、中でもシューティングゲーム全盛期の熱さにどっぷり漬かっていた人間なので、シューティングを考える時はどうしても頭に“ゲームセンターの”が付いてしまう。それに対しての家庭用だ。

シューティングに限らずゲームセンターのゲームの序盤はプレイヤーに達成感をどんどん提供するものだ。なんら手応えを感じることなくゲームオーバーになってしまうストレスフルなゲームは流行らない。

家庭用は別だ。1回100円ではなく、とりあえず何千円かのお金を払って買うものだ。ある程度の長さ繰り返し遊べ、試行錯誤を繰り返し徐々に達成感が得られなければならない。家庭用ゲームとして最初からデザインされたゲームはそういうものだ。そうなんだ。ギンガフォースは家庭用シューティングなんだと気付いてから急に楽しくなった。最初のステージが長いとか武器がたくさんあって面倒とか思っていたが、その思いが反転した。いろんな武器全部試してやろうじゃないの。その勢いで一気に最後まで遊んでしまった。終盤の難易度の絶望感、この感じはX68000で遊んだサンダーフォースⅡの最終面かと思ったがギンガフォースは大丈夫だ。なんとかクリアできるよう絶妙な難易度になっている。最後までちゃんと作ってあるんだ。こういうのは志が無いと難しい。

多くのプロジェクトの方向性はスポンサーやら会社の方針によって決められる。大概は前のアレな感じとかよその会社のアレな感じといった発注だ。お金を出す人は新しいゲームや挑戦的なプロジェクトなんて望んではいない。投資と博打は別物だから。そういった中で今まで作った事無いようなゲームを作るなんて相当だ。ゲームの展開に合わせてプレイヤー・ナビゲーター・敵といったキャラクターが喋るってめんどくさい仕様だ。作ってみて面白くなかった場合、後から調整するのが大変になる。完成間近でちょっと直すってのがしずらくなる。そんなゲームは最初から目指さないと作れない。いつの頃からかシューティングゲームにキャラクターが居た。自機の数ぶんのキャラクター。最初はシューティングにキャラクターが有る事自体が珍しかったが、いつのまにか当たり前な感じになって、それがどこに向かって作られたものか分からない感じになっていた。プロデュース・ディレクション・プランニング・プログラム・音楽・映像・プロモーション…分業化が進むとそれぞれの専門性が高まり効率が良くなるかもしれないが、一体感は無くなる。一緒の所で集まって作っているなら違うかもしれないが、それぞれ別の会社が担当する事が多いだろう。余程のプロデュース力がない限り同じ空気感を纏った作品にはきっとならない。
gf
キュートさんの前作エスカトス(これも大変良い感じだった)はブラウン管時代のゲームを引きずったVGAサイズのゲーム画面で、これはNAOMI(ドリームキャスト)で出しても良いゲームだよななんて思っていたら、ギンガフォースはHD時代のXbox360に合わせた設計に大幅にパワーアップしている。志が高い!

プレイしていて気になった事があった、オブジェクトがたくさん出て処理落ちした場合多くのシューティングゲームはスローになるが、ギンガフォースは違う。ゲーム展開をスローにせず描画処理を間引いてテンポ感を損なわないようにしている。これは最初からそう設計しないと難しい実装だ。キュートの方に訊いてみた。それは元々PC向けにゲームを作っていてどんなスペックのPCでプレイされるか分からないからですよ、と。ナルホドだ。長くゲームセンターや家庭用ゲーム機いわゆるスペックが固定されたターゲット向けに開発しているのとは設計思想が違うわけだ。

なにはともあれ『ギンガフォース』は家庭用シューティングゲームの良心だ。Xbox360持ちでシューティング好きなのに持ってない人なんか居ないと思うがオススメです!

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